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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)4271号 判決

第一、第二事件原告、第三事件反訴被告 住宅・都市整備公団

右代表者理事 坂弘二

右訴訟代理人弁護士 鵜沢晉

同 田口邦雄

同 横山茂晴

同 片岡廣榮

同 遠藤哲嗣

同 大橋弘利

右指定代理人 吉田耕郎

〈ほか二名〉

第一事件被告 佐々木一郎

〈ほか九名〉

第二事件被告 宮野静子

右被告一一名訴訟代理人弁護士 榎本武光

同 弓仲忠昭

同 松丸幸子

第一事件被告 深田肇

第一事件本訴被告・第三事件反訴原告 鎌田次郎

主文

一  第一事件被告ら及び第二事件被告は、第一、第二事件原告に対し、各自、別紙各被告別の賃貸借目録「家賃未払額」欄記載の各金員及びこのうち「月別内訳」欄記載の各金員に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定に至るまでそれぞれ年一割の、本判決確定の翌日から支払済みまでそれぞれ年(三六五日当たり)一四・六パーセントの各割合による金員を支払え。

二  第三事件反訴原告の反訴請求中同事件反訴被告の口頭弁論期日出廷遅刻に基づく損害賠償請求を却下し、その余の反訴請求を棄却する。

三  第一事件ないし第三事件を通じ、訴訟費用中鑑定人に支給した費用は、これを二分し、その一を第一、第二事件原告(第三事件反訴被告)の負担とし、その一及びその余の訴訟費用はすべて第一事件被告ら(被告鎌田については反訴原告を兼ねる。)、及び第二事件被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一、第二事件について)

一  請求の趣旨

1  主文第一項及び第四項同旨

2  訴訟費用は第一事件被告(以下「被告」という。)ら及び第二事件被告(以下「被告」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  第一、第二事件原告(以下「原告」という。)の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(第三事件について)

一  請求の趣旨

1  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告鎌田次郎)に対し、昭和四六年八月五日から昭和五九年二月一〇日まで一日当たり金一〇〇円の割合による金員を支払え。

2  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告鎌田次郎)に対し、金一万九〇〇〇円を支払え。

3  訴訟費用は反訴被告(原告)の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 反訴原告の請求をいずれも却下する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 反訴原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(第一、第二事件について)

一  請求原因

1  日本住宅公団(以下「公団」という。)は、日本住宅公団法(昭和三〇年七月八日法律第五三号)に基づき、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅等の供給を行うこと等により、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された法人である(同法一条、二条)が、住宅・都市整備公団法(昭和五六年五月二二日法律第四八号)の成立に伴い、昭和五六年一〇月一日解散し、同法附則第六条の規定に基づき、同日原告が公団の一切の権利義務を承継した。

2(一)  公団は、被告大草東久子及び同宮野静子を除くその余の各被告に対し、それぞれ別紙各被告別の賃貸借目録に記載のとおり、「建物」欄記載の各建物(以下「本件各建物」という。)を「賃貸年月日」欄記載の各時期(賃貸借契約締結日)に「従前家賃」欄記載の各賃料(以下いずれも「従前家賃」という。ただし、昭和四六年中に第五号棟ないし第七号棟の本件各建物について賃貸借契約が締結された各被告のうち、被告鎌田次郎、同和多田進、同小栗嵓、については、公団と右各被告との合意により、いわゆる傾斜家賃が適用された。その合意内容及び契約後の支払賃料は別紙「傾斜家賃目録」記載のとおりである。)で賃貸し、これを引き渡した。

(二)(1) 公団は、訴外大草政一に対し、別紙被告大草東久子の賃貸借目録記載のとおり、「建物」欄記載の建物を「賃貸年月日」欄記載の時期(賃貸借契約締結日)に「従前家賃」欄記載の賃料で賃貸し、これを引き渡した。

(2) 被告大草東久子は、昭和五一年四月九日ころ、右(1)の賃貸借契約に基づく訴外大草政一の賃借人の地位を承継した。

(三)(1) 公団は、訴外宮野龍一に対し、別紙被告宮野静子の賃貸借目録記載のとおり、「建物」欄記載の建物を「賃貸年月日」欄記載の時期(賃貸借契約締結日)に「従前家賃」欄記載の賃料(ただし、訴外宮野龍一についても、公団との合意により別紙「傾斜家賃目録」記載のとおりいわゆる傾斜家賃が適用された。)で賃貸し、これを引き渡した。

(2) 被告宮野静子は、昭和五八年一月一三日ころ、右(1)の賃貸借契約に基づく訴外宮野龍一の賃借人の地位を承継した。

3  各被告(ただし被告大草東久子については承継前賃借人訴外大草政一、被告宮野静子については承継前賃借人訴外宮野龍一)と公団とは、それぞれ本件各建物の賃貸借契約において、経済事情の変動に伴い必要が生じたとき、又は公団の賃貸している住宅相互間における家賃の均衡上必要があるとき等は、公団は賃料を増額することができる旨を約したところ、その後右従前家賃は物価の上昇その他経済事情の変動に伴い低額に過ぎて不相当となり、かつ、公団の賃貸している他の住宅の賃料との間にも著しい不均衡を生ずるに至った。

4  本件各建物の客観的な相当賃料は、昭和五三年九月一日現在において、被告佐々木一郎、同井上幸治、同出田勝義(以上、第二号棟)、同大草東久子、同小貫芳英(以上、第三号棟)、同羽原昌和(第四号棟)の各賃借建物につき月額金四万三一〇〇円、被告岩田隆、同深田肇(以上、第五号棟)の各賃借建物につき月額金四万四二〇〇円、被告鎌田次郎、同和多田進、同小栗嵓(以上、第六号棟)の各賃借建物につき月額金三万九七〇〇円、被告今福幹雄、同宮野静子(以上、第七号棟)の各賃借建物につき月額金四万七九〇〇円である。

5  公団は、各被告(ただし被告宮野静子については承継前賃借人訴外宮野龍一)に対し、別紙各被告別の賃貸借目録の「家賃改定通知日」欄記載の各日ころに各被告(ただし被告宮野静子については承継前賃借人訴外宮野龍一)に到達の書面をもって、従前家賃をそれぞれ昭和五三年九月一日以降右4の各相当賃料の範囲内である同目録「改定家賃」欄記載の各金額(以下いずれも「改定家賃」という。)に増額する旨の意思表示をした。

6  しかるに被告らは別紙各被告別の賃貸借目録の「月別内訳」欄記載のとおり、昭和五三年九月分以降の賃料の支払に際し、右改定家賃のうち同目録の「月別内訳」欄中の「未払額」欄記載の各金員(その総額はそれぞれ同目録の「家賃未払額」欄記載の金額)を支払わない。

7  各被告(ただし被告大草東久子については承継前賃借人訴外大草政一、被告宮野静子については承継前賃借人訴外宮野龍一)は、公団に対し、それぞれ本件各建物の賃貸借契約において、被告らが家賃の支払を遅延したときは、その遅延した額について、その遅延した期間の日数に応じ、年(三六五日当たり)一四・六パーセントの割合による遅延利息を支払う旨約した。

8  よって、原告は、被告らに対し、別紙各被告別の賃貸借目録「家賃未払額」欄記載の各未払家賃及びこのうち同目録「月別内訳」欄記載の各未払額に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定に至るまでそれぞれ借家法七条二項所定の年一割の割合による利息の、本判決確定の翌日から支払済みまでそれぞれ約定の年(三六五日当たり)一四・六パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)ないし(三)の事実は認める。

3  同3のうち、各被告が公団との間で、それぞれ本件各建物の賃貸借契約において、公団の賃貸している住宅相互間における家賃の均衡上必要があるときは公団は賃料を増額することができる旨を約した事実は認め、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5について

(被告深田肇)

公団が被告深田肇に対し原告主張の意思表示をした事実は認める。

(被告深田肇を除くその余の被告ら)

同5のうち、公団が各被告に対し書面をもって原告主張の意思表示をした事実は不知。右書面が各被告に到達した事実は否認する。

6  同6の事実は認める。

7  同7について

(被告岩田隆、同鎌田次郎、同和多田進、同小栗嵓、同今福幹雄及び同宮野静子)

同7の遅延利息の約定の事実は認めるが、被告らが家賃未払額に対し本判決確定の翌日から支払済みまで年(三六五日当たり)一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負うとの主張は争う。

(被告佐々木一郎、同井上幸治、同出田勝義、同大草東久子、同小貫芳英、同羽原昌和及び同深田肇)

同7の事実は否認する。

8  同8は争う。

三  被告らの主張

(被告深田肇を除くその余の被告ら)

「個別原価主義」に基づく主張

1 公団は、低廉な価格により住宅を国民に供給するという国家の施策に基づいて設立された特殊法人であり、公団住宅の賃貸借関係については、法令上右のような公団の公共性及び非営利性に由来する特別の定めがなされており、日本住宅公団法施行規則(以下「施行規則」という。)九条(家賃の決定)及び一〇条(家賃の変更等)は右特別の定めに当たる。

2 ところで施行規則九条は、公団住宅家賃の構成要素が償却費、地代相当額、修繕費、管理事務費、損害保険料、公租公課及び引当金であることを具体的に定め、各団地ごとに右構成要素別金額を積算して家賃を決定するものとし、もって公団は全事業費を入居者から家賃として徴収し、七〇年間で償却する旨規定し、公団家賃の決定について利潤を含まない原価の回収を基本原則とする旨個別原価主義の原則を定めており、施行規則一〇条は、経済事情の変動等に対処するため家賃の変更ができる旨を定めているが、右施行規則九条所定の個別原価主義の原則は、公団家賃の性格を公共性、非営利性の観点から民間家賃のそれとは異なったものとしている基本原則というべきものであるから、家賃の変更について規定する施行規則一〇条の解釈適用に当たっても右個別原価主義の原則が貫徹されるべきであり、施行規則一〇条は、同九条の定める公団家賃決定原則の範囲内で家賃の変更を許容したにすぎないものと解すべきである。

3 従って、施行規則一〇条一号の要件(物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき)は、施行規則九条所定の家賃構成要素のなかで、物価その他経済事情の変動に伴ってその額を変更する必要があると認められる構成要素、即ち、修繕費、管理事務費、損害保険料、公租公課及び引当金の変動に限って家賃変更を行いうる旨定めたものと解すべきである。また、公団と各被告との間の本件各建物の賃貸借契約書第五条第一号の要件(賃貸住宅の敷地に係る地代、賃貸住宅に係る維持管理費、又は賃貸住宅、賃貸住宅に附帯する施設若しくは賃貸住宅の敷地に賦課される固定資産税その他の公租公課の負担が増加したとき)も、施行規則一〇条一号を受けたものであって、増額要因を施行規則九条所定の変動可能な構成要素、即ち維持管理費(修繕費、管理事務費、損害保険料及び引当金)及び公租公課に限定した規定であると解すべきである。

4 また、右に述べた個別原価主義の原則に照らし、施行規則一〇条二号の要件(賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき)及び右賃貸借契約書第五条第二号の要件(公団が賃貸する住宅相互間の家賃の均衡上必要があると公団が認めたとき)は、いずれも、同一団地内における住宅家賃相互間に不均衡がある場合に限りその調整をなしうる旨を定めたものと解すべきである。

5 以上述べたところからすれば、公団家賃の当初額は、施行規則九条所定の七箇の構成要素を合算したものであり、これを改定する場合には、右当初家賃額の各構成要素中変動可能な五箇の構成要素について、それぞれどの程度変動したかを算出し、その合計額が改定家賃の相当額となるのであるから、公団のした本件各賃料増額請求が適法有効なものであるためには、当初家賃(従前家賃)が右の算定方式に則って算出された客観的に相当な額であったことが不可欠の前提であり、原告は右当初家賃の算出根拠、方式を明らかにすることによりその相当性を主張・立証するとともに、増額請求家賃額の算出根拠、方式を明らかにすることにより改定家賃の相当性を主張、立証すべきであるところ、原告は右主張、立証をなさないから、原告の主張は、主張自体失当であるというべきである。

ことに、原告は、本件大島六丁目団地住宅の当初家賃額の構成要素中、償却費、地代相当額、公租公課の算定に当たっていかなる数値の用地面積を基礎としたのかを明らかにしないが、右団地内には駐車場、スーパーマーケット、店舗のバックヤード等団地住宅固有の敷地といえない部分が存在し、公団ないし原告は、その部分について株式会社団地サービス、松坂屋等から地代又は駐車場料金を徴収しているのである。このことは、当初家賃額決定時にその算出の基礎となった敷地面積を過大に算定していたか、地代相当分を被告ら賃借人から二重取りしていることを意味し、当初家賃そのものが不当に高く算定されていたことを示唆するものである。

(被告鎌田次郎)

1 被告鎌田の本件賃借建物(大島六丁目公団住宅第六号棟第二六三号室)を含む同公団住宅第五号棟ないし第七号棟については、建築主事による建築確認がされていないのみならず、工事完成後においても第一号棟から第七号棟までの全棟について建築主事から検査済証の交付を受けていないのであるから、右各建築物には建築設計上重大な欠陥が存したことが明らかであって、建築主たる公団は昭和五八年法律第四四号による改正前の建築基準法七条の二(現七条の三)により右各建築物を使用し又は使用させてはならない義務を負うものである。それゆえ、右のような重大な欠陥があって建築基準法上その使用を禁止された建物を目的とする公団と被告鎌田との間の本件賃貸借契約は公序良俗に反するものとして無効というべきであり、右無効な賃貸借契約を基礎とする公団の本件賃料増額請求もその効力を有しないものというべきである。

2 被告鎌田の本件賃借建物を含む大島六丁目公団住宅第六号棟は、右1で述べた以外にも、同号棟両端の屋外避難階段の蹴上、踏面及び踊り場の踏幅がいずれも建築基準法施行令(二三条、二四条)の基準に適合しておらず、避難口誘導灯及び消火設備が未設置又は設置不充分であり(消防法施行令違反)、しかも同号棟(一四階建)東側敷地には植木、自動車駐車場、置石、小公園、遊び場等が存在していて一四階建建物に見合うはしご付消防用自動車の同号棟への接近を不可能ならしめているなど、防災上極めて危険な瑕疵のある違法建築物であるから、被告鎌田の従前家賃二万六〇〇〇円は、右のような欠陥建物の使用対価としての相当賃料に比しても高きに失するものというべきであり、賃料減額が相当であって、本件賃料増額請求は失当である。

3 また、大島六丁目公団住宅第六号棟は、右1及び2で述べたとおり防災上極めて危険な瑕疵のある欠陥建築物であり、公団には賃貸人として同号棟の右瑕疵、欠陥を補正し、同号棟を建築基準法令及び消防法令に適合した完全な建築物とすべき義務を負うものであるから、公団が右義務を履行しないまま行った本件賃料増額請求は、権利の濫用としてその効力を生じないものというべきである。

四  被告らの主張に対する認否及び反論

(被告深田肇を除くその余の被告らの主張に対し)

1 右被告らの主張1ないし5は争う。

2(一) 公団は公共の福祉を目的として設立された独立行政法人であり、公団住宅の賃貸借関係は本質的には私人間の法律関係と異なるものではないから、実定法上特殊な法的規律が認められない限り民法、借家法等の私法的規律の適用を受けるものであるところ、日本住宅公団法にはその目的を定めた一条以外にはその業務の公共性に関連のある規定はなく、公団業務について私法的規律と異なる特殊な公法的規律が実定法上基礎付けられないのであるから、公団住宅家賃の変更については全面的に民法、借家法の適用を受け、本件賃料増額請求の効力については、もっぱら借家法七条一項の要件を具備しているか否かによってのみ判断されるべきである。

(二) ところで日本住宅公団法施行規則は、日本住宅公団法三二条の委任に基づくものであるが、同条は、公団業務が建設省令で定める基準に従うべき旨を定めていて、その性格が公団業務に対する行政上の監督を定めた規定であることはその文言上明らかであるから、同条の委任に基づく施行規則は、公団の行政監督のための行政命令と解すべきであり、借家法等私法法規に優先して公団と居住者との賃貸借関係を直接規律する特殊な公法的規律であるとは解されない。公団の決定した家賃額が施行規則九条及び一〇条に適合することは、政府及び公団の行政的政治的責任において達成されるべきものであり、本件賃料増額請求の私法上の効力とは関係のないものである。

なお、施行規則九条は、公団住宅の家賃につき、通常の家賃と同様、建物及びその敷地の使用対価として捉え、その構成要素を定めたものであって、修繕費その他必要経費部分の他に建物価格及び土地価格に対する使用対価相当部分、即ち純賃料部分をもその構成要素としていることは明らかであり、同条が住宅の建設費用を家賃決定基準の一要素としているからといって、被告ら主張のごとき個別原価主義なる原則を定めた規定であると解することはできない。また、施行規則一〇条は、同九条の地代相当額等純賃料部分の額を決定するに当たって基礎とされた土地、建物の価格が当初家賃決定後上昇して右純賃料部分が使用対価として過少となり、その結果当初家賃が不相当に低額となった場合、公団としてはこれを施行規則九条の規定にかかわらず増額することができる旨定めた規定であり、同一〇条一号の要件は、土地及び建物の価格の上昇の結果同九条による家賃の純賃料部分が過少となった場合をも含むもので、借家法七条一項と同一趣旨のものである。

(三) 本件各賃貸借契約書第五条第一号は、施行規則一〇条一号を受けて、経済事情の変動の結果家賃が不相当となった場合にこれを増額しうる旨を定めたもので、借家法七条一項と同一趣旨の規定であるから、同条第一号の列挙は経済事情の変動要因を例示したものと解すべきであって、同号記載以外の経済事情の変動(土地及び建物の価格の上昇等)による家賃増額を制限した規定であると解することはできない。

(四) また、本件各賃貸借契約書第五条第二号は、公団住宅の公的集団住宅としての性格及び賃貸住宅としての性格に鑑み、当初家賃決定後土地及び建物の価格の上昇等経済事情の変動が生じ、その結果として当初家賃が不相当に低額となり、新しい経済事情に則した新規供給住宅の家賃との間にそれぞれ相当家賃からの乖離の程度において不均衡を生じた場合に、当初家賃を経済事情の変動に則した相当額にまで改め、もって公団住宅の家賃をいずれも住宅利用の対価としての相当額の水準において均衡させ、家賃負担の公平を実現することをいうものと解すべきである。

(五) 以上のとおり、公団の本件賃料増額請求は、借家法七条一項及びこれと同一趣旨の本件各賃貸借契約書第五条第一号及び第二号を法的根拠とするものであるから、原告としては、家賃の増額を求めるに足りる経済事情の変動があったことを主張、立証すれば、経済事情の変動に則した客観的に相当な賃料額を限度として賃料の増額が認められるべきであり、賃貸人が家賃増額請求を行うに際して一定金額をもって増額請求額とした主観的過程を示すにすぎない増額請求額の算出根拠、方式は、原告の主張、立証すべき事実ではないというべきである。

(六) なお、被告らは、本件団地内の駐車場、スーパーマーケット、バックヤード等の面積を賃貸建物に帰属する土地面積に含めて家賃計算をするのは不当である旨主張するようであるが、これは失当である。すなわち、本件団地内には平家建のスーパーマーケットが建っているが、仮に同スーパーマーケットの敷地に限定して建築面積を現状と同一とすると、容積率三〇〇パーセントの関係で三階建の建物を建てることができるが、この建築可能な容積率の余剰部分を住宅棟を建てるための容積率に上乗せした総合的な設計が行われている。駐車場敷地についても同様であって、その空中部分の建築可能な容積率の余剰部分を住宅棟を建てるための容積率に上乗せしたものであり、この結果、現状の建物全体の延床面積二〇万五六五三・〇九平方メートルの規模の団地開発が可能となったものである。したがって、当該部分の土地面積は、対象建物に帰属する土地面積に含めて評価すべきものである。

(被告鎌田次郎の主張に対し)

同被告の主張はいずれも争う。

(第三事件について)

(避雷設備設置義務不履行)

一  請求原因

1  反訴原告(第一事件本訴被告)は、公団から、昭和四六年七月二九日、別紙反訴原告の賃貸借目録の「建物」欄記載の建物を当初賃料一か月金二万二五〇〇円で賃借した。

2  ところで建築基準法三三条によれば、高さ二〇メートルをこえる建築物には、有効に避雷設備を設けなければならないとされているところ、反訴原告の賃借建物を含む大島六丁目公団住宅第六号棟は、地上から屋上塔屋までの高さが約四四メートルであるから、公団は建築基準法上同号棟に有効な避雷設備を設置すべき義務を負うのみならず、右建物の賃貸人として、賃借人に対し、有効に避雷設備が設置され落雷による危険から保護された建物を賃貸すべき契約上の義務を負うものというべきである。

3  しかるに公団及び反訴被告(第一事件本訴原告)は同号棟への避雷設備の設置を怠り、昭和五九年二月一〇日ころになってようやく同号棟屋上塔屋に避雷突針を設置した。

4  公団及び反訴被告の右避雷設備設置義務の不履行により反訴原告の被った損害を金銭評価すれば一日当たり金一〇〇円が相当である。

5  よって、反訴原告は、反訴被告に対し、賃貸人の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右1の賃貸借契約上の入居可能日である昭和四六年八月五日から右3の避雷針が設置された昭和五九年二月一〇日まで一日当たり金一〇〇円の割合による金員の支払を求める。

二  反訴被告の本案前の主張

反訴の請求は本訴の請求又は防禦の方法と牽連性がなければならないところ、本件反訴請求はそのいずれにも該当しないから、反訴の要件を欠く不適法なものである。

三  請求原因に対する認否及び反論

1  同1の事実は認める。なお、本件建物には傾斜家賃制度が適用されており、反訴原告が主張する賃料は別紙「傾斜家賃目録」の該当欄記載のとおり昭和四六年八月五日から昭和四七年三月三一日までのものである。

2  同2は争う。

3  同3のうち、反訴被告が昭和五九年二月一〇日ころはじめて大島六丁目公団住宅第六号棟の屋上塔屋に避雷突針を設置した事実は認め、その余は争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  建物の避雷設備については、建築基準法三三条及び同法施行令一二九条の一四、一二九条の一五の規定により建設大臣が指定する日本工業規格に定める構造としなければならない旨規定されているところ、大島六丁目公団住宅第六号棟が建設された当時の日本工業規格においては、鉄骨鉄筋コンクリート造及び鉄筋コンクリート造の建物の場合は、その鉄筋又は鉄骨をもって避雷導線に替えることができ、避雷突針等も省略して差し支えない旨規定されていたのであるから、同号棟に避雷突針設備が設置されていないとしても、建築基準法令に違反する点は何ら存しないのであり、同法令違反を前提とする反訴原告の主張は失当である。

(出廷遅刻に基づく損害賠償請求)

一  請求原因

1  反訴被告(第一事件本訴原告)訴訟代理人大橋弘利及び指定代理人別府英雄外一名は、第一事件の第一回口頭弁論期日(昭和五七年一一月二九日午前一〇時指定)に一〇分間、同事件の第二回口頭弁論期日(昭和五八年二月二八日午前一〇時指定)に二八分間遅刻して出廷し、その間同事件の審理を不能ならしめ、反訴原告(第一事件本訴被告)に対し時間の浪費を余儀なくさせた。

2  よって、反訴原告は、反訴被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、遅刻一分間につき金五〇〇円の割合による損害賠償金合計金一万九〇〇〇円の支払を求める。

二  反訴被告の本案前の主張

反訴の請求は本訴の請求又は防禦の方法と牽連性がなければならないところ、本件反訴請求はそのいずれにも該当しないから、反訴の要件を欠く不適法なものである。

三  請求原因に対する認否

1  同1の事実は否認する。

2  同2は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一第一、第二事件について

一  請求原因1及び同2(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因5について

公団が被告深田に対し同5記載の意思表示をした事実は、原告と同被告との間では争いがない。そして《証拠省略》によれば、公団が被告宮野、同羽原及び同深田を除く被告らに対し同5記載の家賃増額の各意思表示をした事実を、《証拠省略》によれば、公団が訴外宮野龍一に対し同5記載の家賃増額の意思表示をした事実を、それぞれ認めることができ、右各認定を覆すに足りる証拠はない。また、《証拠省略》によれば、公団は、被告羽原に対し、請求原因5記載の書面(昭和五三年三月四日付。以下「本件書面」という。)を配達証明付で発送したが、受取人不在で同年三月二六日返送されたので、同年四月七日再度本件書面を配達証明付で発送し(受取人不在で同月二四日返送。)、更に同月二二日本件書面を普通郵便で発送したところ、右郵便は返送されていない事実が認められ、右事実によれば、公団が被告羽原に対してした請求原因5の家賃増額の意思表示は遅くとも同年四月末ころには同被告に到達したものと推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被告深田を除くその余の被告らの主張について

1  被告深田を除くその余の被告らは、公団の賃料増額請求は施行規則九条及び一〇条に規定する「個別原価主義」の原則に則ったものでなければならない趣旨の主張をするので、以下この点について判断する。

2  公団の賃貸する住宅について公団とその賃借人との間に設定される使用関係は私法上の賃貸借関係であって、法令に特別の定めがない限り借家法の適用があるものと解するのが相当である。ところで、施行規則九条(家賃の決定)及び一〇条(家賃の変更等)の各規定は、公団の公共性及び非営利性に由来するものであるが、同九条は新たに賃貸される公団住宅の当初家賃の算定基準につき賃貸住宅の建設に要する費用を償却期間中利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額等を基準とすべき旨、いわゆる原価主義の原則によるべきことを定めたものであって、新たに建設された住宅の家賃(当初家賃)の決定に関する規定であり、当初家賃の決定が建物の建設費用を基準の一要素とするのは建物の使用対価としての家賃の性質上当然のことである上、右原価主義の原則がその後における家賃の変更についても当然に適用されるものではないことは同一〇条の文言(公団は、次の各号の一に該当する場合においては、建設大臣の承認を得て、前条の規定にかかわらず、家賃(中略)を変更(中略)することができる。一物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき。二賃貸宅住相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき。三、四省略)上明らかであるというべきであり、右原価主義の原則によって決定された当初家賃につきその後同一〇条所定の増額事由が生じたときは、原価主義の原則とは無関係に賃料の増額が許されるものと解すべきである(《証拠判断省略》)。

3  それゆえ、施行規則一〇条一号所定の要件(物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき)には、土地及び建物の価格の上昇によりいわゆる純賃料部分(土地及び建物の価格に対する使用対価相当部分)が使用対価として過少となった場合が含まれることは当然であって、右要件は借家法七条一項の規定とその趣旨を同じくするものというべきであり、また、施行規則一〇条二号所定の要件(賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき)は、公団の事業の公共的性格に鑑み、特に従前の家賃と他の公団住宅の家賃との間に不均衡が生じたことが賃料増額の理由となる旨を定めたものと解すべきである。被告らは、同一団地内の家賃に不均衡がある場合に限り家賃増額の根拠となる旨主張するが、独自の見解というべきであり、採用できない。

4  ところで、《証拠省略》によれば、公団と各被告(ただし、被告大草については承継前賃借人訴外大草政一、被告宮野については承継前賃借人訴外宮野龍一)との間においてそれぞれ本件各建物の賃貸借契約を締結するに当たり、いずれもその契約書(以下「契約書」という。)第五条において別紙契約書抜粋(一)記載のとおり家賃の変更に関する約定がされたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、同抜粋(一)記載第二号の約定がされたことについては、当事者間に争いがない。)。しかして、右契約書第五条の規定は、その文言に照らしても施行規則一〇条の規定を受けたものであることが明らかであり、その内容につき同一〇条と別異に解すべき合理的理由は見出せないから、前記3の判示と合わせ、結局契約書第五条第一号所定の要件は借家法七条一項の規定とその趣旨を同じくするものというべきであり、また、契約書第五条第二号所定の要件は施行規則一〇条二号所定の要件と同様、公団の事業の公共的性格に鑑み、特に従前の家賃と他の公団住宅(同一団地内に限らない)の家賃との間に不均衡が生じたことが賃料増額の理由となる旨を定めたものと解すべきである。

5  以上のとおりであるから、公団住宅家賃の変更に当たっても個別原価主義なる原則の直接的支配が及ぶことを前提とする被告らの主張は、いずれも実定法上の根拠を欠く独自の見解であるというべきであって、採用の限りでない。

四  被告鎌田の主張について

1  《証拠省略》を総合すれば、本件大島六丁目公団住宅第五号棟ないし第七号棟については建築主事の建築確認がされておらず、また、同第一号棟ないし第七号棟全棟について建築主事等から検査済証の交付を受けていない事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、被告鎌田は、検査済証が未交付で建築基準法によりその使用を禁止された建物を目的とする公団と同被告との間の本件賃貸借契約は公序良俗に反し無効である旨主張する。

しかしながら、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的として制定された行政取締法規であるから(同法一条)、賃貸借契約の目的とされた建物が建築基準法上の規定に反し建築主事の建築確認がされていないからといって直ちに私法上も右契約が無効となるものと解すべきではなく、また、公団が検査済証の交付を受けずに右建物を賃貸しているからといって、右賃貸借契約が公序良俗に反するとまでいうことはできないから、右賃貸借契約が無効であることを前提とする被告鎌田の主張は失当であるという他ない。

2  次に被告鎌田は、本件大島六丁目公団住宅第六号棟は建築基準法令及び消防法令に適合していない違法建築物であるから、その使用対価としての賃料は減額が相当であり、また、公団が右建築物を建築基準法令及び消防法令に適合させる義務を怠りながら行った本件賃料増額請求は権利の濫用である旨主張する。

しかしながら、仮に同号棟に真実被告鎌田主張のとおり建築基準法令及び消防法令の規定に適合しない点が存在するとしても、その態様、程度に照らし、それがために公団のした本件賃料増額請求が権利の濫用になるとまでは解されず、せいぜい本件建物の相当賃料額の判断にあたって斟酌されるべき一事由にすぎないものというべきであり、また、右相当賃料額については後記五において判示するとおりであって、公団の増額請求額が相当賃料額の範囲内にあることはこれを認めるに十分であるから、被告鎌田の右主張も失当であるといわざるをえない。

五  本件各賃料増額の意思表示の効力

1  《証拠省略》によれば、本件各建物の賃料は、各賃貸借契約において従前家賃(当初家賃)が決定されて以降昭和五三年九月一日までの間に増額されないまま経過したことが認められ、この認定に反する証拠はない(ただし、被告鎌田次郎、同和多田進、同小栗嵓、同宮野静子の各賃借建物については、別紙「傾斜家賃目録」記載のとおり傾斜家賃が適用されていたことは当事者間に争いがなく、これによれば右被告らの支払家賃は当初契約家賃(従前家賃)より低額で開始し、昭和五一年四月一日から従前家賃額を支払うことになったものであるが、《証拠省略》によれば、右の傾斜家賃制度は入居者の入居当初の家賃負担を軽減させるための公団の政策に基づくものであり、賃貸借契約時から昭和五一年三月三一日までの間の毎年の支払賃料の増加は当初契約による従前家賃の増額とは性質の異なるものであることが認められる。また、《証拠省略》によれば、被告岩田隆、同今福幹雄の賃借建物についても当初傾斜家賃制度が適用されたものの如くであるが、《証拠省略》に照らせば、同被告らが賃貸借契約を締結した昭和五一年七月又は同年五月の時点では傾斜家賃の期間は終了しており、同被告らは契約当初から従前家賃額どおりの家賃を支払ってきたことが認められる。)。

2  《証拠省略》を総合すれば、従前家賃(当初家賃)の決定された各契約日以降昭和五三年九月一日までの間に、建物価格、土地価格、修繕費、維持管理費、損害保険料、公租公課及び消費者物価指数等が大幅に上昇し、経済事情に著しい変動が生じている事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。それゆえ、右時点において従前家賃が不相当に低額となっていたことが推認されるから、公団がその増額請求をなしうべき事由が存在したものというべきである。そこで以下、公団のした本件各賃料増額の意思表示の効力について検討する。

3  本件各建物のうち被告出田の賃借建物(第二号棟第一三二三号室)の昭和五三年九月一日現在の継続相当賃料額については、前掲甲第四号証の一、同第九、第一一号証(財団法人日本不動産研究所発行の不動産鑑定評価書及びその訂正、補遺。以下便宜上「鑑定評価書」という。)によれば継続支払賃料が一か月四万二七〇〇円とされ、鑑定の結果(以下「横須賀鑑定」という。)によれば継続支払賃料が一か月四万〇八〇〇円であるとされる。そこで右各鑑定の当否について検討するに、鑑定評価書及び横須賀鑑定は、いずれも公団住宅家賃の変更についての当裁判所の見解(前記三)と同様の考え方を前提に、当初賃料を基礎として利回り法、スライド法及び差額配分法によって求めた各試算賃料を総合評価して賃料を決定するという共通の手法を用いているものの、建物床面積及び敷地面積として採用した数値、鑑定評価の基礎をなす価格時点における建物及び敷地の基礎価格の査定方法をはじめ、右時点における純賃料の利回りの評価や必要諸経費の評価等において差異がみられる。

しかしながら、鑑定評価書及び横須賀鑑定のいずれも、その用いた手法及び判断の過程自体に特段不合理な点は見出せないのみならず、鑑定評価の基礎をなす価格時点の建物及び敷地の基礎価格の査定においては、その査定方法に大きな相違がみられるにもかかわらず、鑑定評価書においては九七五万円、横須賀鑑定においては九三三万八〇〇〇円とその結論において大差のない数字が得られており、また、最終的な判断として鑑定評価額自体前示のとおり極めて近い数字が得られているのである。そして、そもそも賃料の相当額の判定という作業は、数式の計算のような作業とは異なり、多分に裁量的な要素が働くことは避けられないことに照らすと、右いずれの鑑定もその一方を不当であるとして容易に排斥し難いものというべきところ、本件においては鑑定評価の基礎をなす建物床面積及び敷地面積について確定的な数値を得るに足りるだけの証拠が提出されていないが、《証拠省略》によれば、横須賀鑑定は、必要諸経費としての土地の公租公課の査定に当たり、建物の容積率から算出される必要最小限度の敷地面積を基礎とし、大島六丁目公団住宅敷地内に存在する広場、遊歩道、児童公園等が建物賃借人に与える便益を無視するなど、全体として極めて控え目な評価がされている事実が認められ、以上の点を総合考慮すれば、昭和五三年九月一日現在における被告出田の賃借建物の客観的な相当賃料額は少くとも鑑定の結果による一か月金四万〇八〇〇円を下回らないものと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》

4  ところで、被告深田肇を除くその余の被告らは、①大島六丁目公団住宅敷地内には公団が公団住宅賃借人以外の者に賃貸又は無償貸与している敷地部分として駐車場、スーパーマーケット、店舗のバックヤード等が存在するから、これらの敷地部分はいずれも本件家賃算定の基礎となる敷地面積から控除するか、もしくは駐車場料金、地代等相当分は公団住宅賃借人が負担すべき家賃の中から控除されるべきである旨主張し、被告出田はその本人尋問においてこれに副う供述をするほか、鑑定評価書につき、②価格時点の昭和五三年九月一日には都営地下鉄新宿線はいまだ開通していないにもかかわらず、同線大島駅と大手町駅間が開通していることを前提に鑑定評価をしている、③被告出田賃借建物の存する第二号棟外壁はその約八割から九割がモザイクタイル貼りであるにもかかわらず評価対象物件の状況として同号棟の外壁はリシン吹付であるとしている、④大島六丁目団地の存する江東区は公害健康被害補償法の適用地域に指定されているにもかかわらずこれを考慮に入れていない、⑤大島六丁目公団住宅は建築基準法令及び消防法令に違反する点が多く存在する欠陥建物である点を考慮に入れていない等の点を指摘する供述をして鑑定評価書の不当性を主張し(右①、④及び⑤の批判は横須賀鑑定にも該当する)、また、同被告作成の《証拠省略》において、横須賀鑑定につき、⑥民間の規模の異なる分譲事例をもとに建物及び敷地の基礎価格を査定し、建物の規模や民間と公団との建設条件の差異を無視している旨指摘してその不当性を論難する。そこで以下、右の各点につき検討する。

まず右①の点については、《証拠省略》を総合すれば、本件大島六丁目公団住宅敷地内には、公団が公団住宅賃借人以外の者に賃貸又は無償貸与している敷地部分として駐車場、松坂屋ストア、区立大島第三保育園園庭が存在する他、公団住宅賃借人が使用できない敷地部分として店舗に貸与しているバックヤード、店舗前の商品展示エリヤが存在している事実、及び鑑定評価書においても横須賀鑑定においても建物及び敷地の基礎価格の査定に当たって右各敷地部分を明示的に控除していない事実(もっとも、鑑定評価書においては、必要経費としての公租公課の負担の計算上は、駐車場部分の面積を控除している。)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、建物に必要な敷地については、建築基準法上容積率の規制がなされている関係上(本件大島六丁目公団住宅の存在する地域一帯については容積率三〇〇パーセント)その建築面積に限定されるものでは決してなく、本件大島六丁目公団住宅については、三階建の可能な松坂屋ストアを一階建にとどめその残余部分及び駐車場敷地の空中部分を住宅棟を建てるための容積率に充てるなど、容積率三〇〇パーセントを十全に使った総合的な設計が行われており、公団が賃借人以外の者に賃貸又は無償貸与している駐車場や松坂屋ストア等の敷地部分及び公団住宅賃借人が使用できない店舗のバックヤード等の敷地部分も容積率の点で住宅棟(賃貸住宅)に寄与している事実が認められるから、右各敷地部分を建物及び敷地の基礎価格の査定に当たってとりたてて控除する必要がないのはきわめて当然のことというべきであって、右①の批判は失当であるといわざるを得ない。なお、右各敷地部分中公団が公団住宅賃借人以外の者に賃貸して別途賃料を徴収している点については、公団がその事業運営上公団住宅賃料以外に収入をあげてはならない理由は見出し難いとともに、右判示のとおり右各敷地部分が容積率の点で住宅棟(賃貸住宅)に寄与している以上、本件相当賃料額の評価において右各敷地部分を基礎面積から当然控除すべき理由にはならず、また、公団住宅賃借人以外からの地代等の別途収入分を賃借人らの賃料から控除すべき根拠は見当たらないものというべきである。

次に、右②の点については、《証拠省略》によれば、鑑定評価に当たっては都営地下鉄新宿線を主要な交通機関として価格を査定した事実が認められるものの、被告出田本人尋問の結果によれば、価格時点の昭和五三年九月一日当時同線大島駅は存在せず、国鉄亀戸駅が大島六丁目公団住宅の最寄駅であったことが認められる。しかし、他方、《証拠省略》によれば、都営地下鉄新宿線は価格時点の三箇月後の同年一二月に東大島駅から岩本町駅まで開通し、昭和五五年三月には東大島駅から新宿駅まで路線延長されたため、価格時点においては同線開通の期待が強く地価水準は強含みの推移となったこと、鑑定評価書においては、この事実を前提として同線を主要な交通機関として価格を査定したことが認められるから、右鑑定評価書の判断には別段不合理な点はないというべきであり、右②の批判は失当と言わざるをえない。

右③の点については、《証拠省略》によれば、大島六丁目公団住宅各号棟はいずれもその外壁の大部分がモザイクタイル貼りでリシン吹付は一部であるにもかかわらず、鑑定評価書(甲第四号証の一)には評価対象物件の状況として単に外壁がリシン吹付であるとのみ記載されている事実が認められる。しかしながら、リシン吹付の箇所が当該建物外壁の一部に過ぎないとの点はおよそ本件鑑定評価の結論を左右するに足りない事項であると認められるから、右③の批判も失当と言わざるをえない。

右④の点については、《証拠省略》によれば、本件大島六丁目公団住宅の存在する江東区は東京都二三区内で有数の工業地区であるため、工場、事業場、ビル等の固定発生源の大気汚染寄与率は他区に比べて非常に大きく、昭和四九年には公害健康被害補償法の適用地域に指定されているが、鑑定評価書(甲第四号証の一)にはこの点についての言及がない事実が認められる。しかしながら、大気汚染等の公害問題については、鑑定評価において評価対象物件と同等に大気汚染等の公害を受けると思料される近隣地域及び類似地域における取引事例及び公示価格等の価格資料が使用され、その結果査定した土地価格をはじめ賃料評価の基礎価格に右問題が反映されていることは前掲甲第一一号証(不動産鑑定評価書補遺)に記載のとおりであるから、右④の批判もまた失当であることが明らかである。

また、右⑤の欠陥建物の点については、《証拠省略》中には、大島六丁目公団住宅第一ないし第四号棟及び第六号棟の非常階段は階段の幅、蹴上、踏面及び踊り場の踏幅が建築基準法施行令二三条及び二四条所定の基準に適合しておらず、また、同第二、第三、第六号棟の東側及び同第一、第四、第五号棟の西側から(いずれも本件団地の敷地外側から)は、はしご付消防用自動車の建物への接近が不可能な状況になっていて消防法に違反している旨の指摘がある他、《証拠省略》には、同第五号棟の居室が建築基準法二八条一項所定の採光基準に適合していない、同第五、第六号棟には避雷針が有効に設置されていない(同法三三条違反)、本件各建物には便所の換気設備に欠陥があり建築基準法施行令二八条に適合していない、及び同第五号棟について屋外避難階段と窓との距離が同施行令一二三条二項一号所在の基準をみたしていない旨の指摘が存する。しかしながら、右各指摘の点が真実建築基準法令及び消防法令に違反するものであるか否かの点はさておき、仮に右各法令に違反する点があるとしても、建築後本件家賃改定時点(価格時点)まで約八年間被告出田ら賃借人によって平穏に使用されてきた事実に照らし違反の態様が右の程度のものである限りいまだ本件鑑定評価の結論を左右するに足りないものと認められるから、右⑤の批判も失当であると言わざるを得ない。なお、《証拠省略》によれば、被告出田賃借建物ベランダの天井外壁に一部剥離がみられ、鉄筋が露出している事実が認められるが、右瑕疵は建物建築後の年月の経過によるものと推認されるところ、右年月の経過による減価については鑑定評価書においても横須賀鑑定においても価格時点における建物の基礎価格の査定にあたり現価率として評価に反映されているものと認められるから、右瑕疵の存在が本件各鑑定の結論を左右するに足りないことは明らかである。

更に、右⑥の点について検討するに、まず建物及び敷地の基礎価格の査定に当たって公団と建設条件の異なる民間分譲事例をもとにしている点については、前記三において判示したとおり公団賃貸住宅の当初家賃の算定の場合とは異なり、経済事情の変動による賃料の変更の場合には原価主義の適用を受けるものではないから、継続相当賃料額の鑑定評価に当たって民間分譲事例をもとに基礎価格を算定したとしても何ら不当であるとはいえない。次に、比較事例の抽出に当たっては、価格時点における類似地域内の同類型の取引事例はその数が自ら限定されるものであるから、評価対象物件との間に規模等の点においてある程度差異のある事例が抽出されるのもまたやむを得ないというべきところ、鑑定の結果によれば、価格時点における建物及び敷地の基礎価格の査定に当たって規範性を有する比較事例として抽出された物件は、一一階建物共同住宅(一〇階部分)、四階建共同住宅(三階部分)及び一一階建共同住宅(一〇階部分)の三件であり、右三件のうち二件までは評価対象物件(一四階建共同住宅一三階部分)と規模においても近似している事実が認められるから、横須賀鑑定における比較事例の抽出が不当であるとまでは到底認められず、右⑥の批判もまた失当といわざるをえない。

5  以上判示したとおり、被告出田賃借建物の昭和五三年九月一日現在における客観的な相当賃料額は一か月金四万〇八〇〇円を下回らないから、公団が同被告に対してした本件賃料増額請求の請求額(一か月金三万一六〇〇円)は右客観的相当賃料額の範囲内にあることが明らかであり、公団の右増額の意思表示により被告出田賃借建物の賃料は一か月金三万一六〇〇円に増額されたものというべきである。そして、《証拠省略》によれば、被告佐々木(第二号棟第一〇二一号室)、同井上(同号棟第一一一二号室)、同大草(第三号棟第二一二号室)、同小貫(第三号棟第六二四号室)及び同羽原(第四号棟第八二三号室)の各賃借建物はいずれも被告出田の賃借建物とその管理開始時期が同時期(被告羽原賃借建物については昭和四五年三月、その余の被告ら賃借建物については同年六月)で、敷地を共通にし、建物床面積もほぼ同一であるかわずかに相違する程度であって、その施工、資材、品等も同程度である事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。従って、右各被告賃借建物の昭和五三年九月一日現在における客観的相当賃料額は被告出田賃借建物のそれとほぼ同一水準(一か月金四万〇八〇〇円を下回らない)であるものと認めることができるところ、公団が右各被告に対してした賃料増額請求にかかる請求額(被告佐々木、同井上、同小貫の各賃借建物については一か月金三万一六〇〇円、被告大草賃借建物については一か月金三万一一〇〇円、被告羽原賃借建物については一か月金三万一二〇〇円)は右客観的相当賃料額の範囲内にあることが明らかであるから、右各被告の賃借建物の賃料についても公団の右各増額の意思表示により右各請求額どおりの金額に増額されたものというべきである。

6  次に、被告岩田、同深田、同鎌田、同和多田、同小栗、同今福及び同宮野に対する本件各賃料増額の意思表示の効力について検討する。前掲甲第四号証の二(財団法人日本不動産研究所昭和五七年八月六日発行の不動産鑑定評価書)によれば、被告和多田賃借建物(第六号棟第一〇一一号室)の昭和五三年九月一日現在の継続相当賃料額(継続支払賃料をいう。以下同じ。)は一か月金三万九二〇〇円、被告岩田賃借建物(第五号棟第四二五号室)の右時点の継続相当賃料額は一か月金四万三七〇〇円であるとされ、前掲甲第四号証の三(財団法人日本不動産研究所昭和五八年一月一三日発行の不動産鑑定評価書)によれば、被告今福賃借建物(第七号棟第一〇〇九号室)の右時点における継続相当賃料額は一か月金四万七三〇〇円であるとされるところ、右甲第四号証の二及び三の各鑑定はいずれも前掲甲第四号証の一の鑑定評価書の作成者と同一の作成者(日本不動産研究所)により同一の手法を用いてなされたもので、その鑑定方法及び判断過程に特段不合理な点の見出せないことは甲第四号証の一について先に判示したとおりであり、その信用性についても甲第四号証の一と同様に評価すべきものと考えられるから、右各鑑定結果はいずれも右各建物の昭和五三年九月一日現在における客観的な相当賃料額に極めて近似した値を示しているものと認めるのが相当である。しかして公団が被告和多田、同岩田及び同今福に対してした各賃料増額請求にかかる請求額はそれぞれ一か月金三万三六〇〇円、金三万六八〇〇円及び金三万九五〇〇円であって、いずれも右各鑑定結果を大きく下回っており、客観的相当賃料額の範囲内にあるものと認めるに十分であるから、右三被告の各賃借建物の賃料については公団の右各増額の意思表示により右各請求額どおりの金額に増額されたものというべきである。そして、《証拠省略》によれば、被告深田(第五号棟第五三五号室)の賃借建物は被告岩田の賃借建物と、被告鎌田(第六号棟第二六三号室)及び同小栗(同号棟第一四一〇号室)の各賃借建物はいずれも被告和多田の賃借建物と、被告宮野(第七号棟第一二一三号室)の賃借建物は被告今福の賃借建物と、それぞれの管理開始時期が同時期で、敷地を共通にし、建物床面積もほぼ同一であるかわずかに相違する程度であって、その施工、資材、品等も同程度である事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。従って、被告深田、同鎌田、同小栗及び同宮野の各賃借建物の昭和五三年九月一日現在における客観的相当賃料額も被告深田については同岩田の賃借建物と、被告鎌田及び同小栗については同和多田の賃借建物と、被告宮野については同今福の賃借建物とほぼ同一水準にあるものと認められ、公団のした各賃料増額請求にかかる請求額(被告深田に対しては一か月金三万七四〇〇円、同鎌田に対しては一か月金三万三〇〇〇円、同小栗に対しては一か月金三万三六〇〇円、同宮野に対しては一か月金三万九五〇〇円)はいずれも客観的相当賃料額の範囲内にあるものと認めるに十分であるから、右四被告の各賃借建物の賃料についても公団の右各増額の意思表示により右各請求額どおりの金額に増額されたものというべきである。

六  請求原因6(差額不払)の事実は当事者間に争いがない。

七  請求原因7(遅延利息の約定)について

同7の事実は、原告と被告岩田、同鎌田、同和多田、同小栗、同今福及び同宮野との間では争いがなく、前掲甲第一号証の一一によれば原告と被告深田との間で右事実を認めることができる。また、《証拠省略》によれば、被告佐々木、同井上、同出田、訴外大草政一、被告小貫及び同羽原は、公団に対し、それぞれ本件各建物の賃貸借契約において、別紙契約書抜粋(二)記載のとおり、被告らが家賃の支払を遅延したときは、その支払を遅延した額一〇〇円につき一日五銭の遅延利息(年「三六五日当たり」一八・二五パーセント)を支払う旨約した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、借家法七条二項但書は、賃料増額請求にかかる裁判が確定した場合において既に支払った額に不足があるときは、不足額に支払期から年一割の割合による利息を附してこれを支払うことを要する旨規定するが、同法七条二項は、賃料増額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人は相当と認める賃料を支払えば債務不履行を理由に賃貸借契約を解除されない反面、裁判が確定した後は通常の法定利率(年五分)よりも高い利率(年一割)でもって不足額を支払わねばならない旨を規定したにとどまり、右不足額に対する利息(遅延損害金)につき契約当事者間において異なった利率の約定をすることまでを排斥する趣旨であるとは解されないから、被告らは、原告に対し、各自その不足額につき約定の利率(年「三六五日当たり」一四・六パーセント又は日歩五銭)による遅延損害金を支払う義務を負うものというべきである(もっとも、原告は被告全員に対し、右のうち各支払期の翌日から本判決確定に至るまで借家法七条二項所定の年一割の、本判決確定の翌日から支払済みまで約定の範囲内の年(三六五日当たり)一四・六パーセントの各割合による遅延損害金を請求。)。

八  小結

以上のとおり、被告らは、原告に対し、各自別紙各被告別の賃貸借目録「家賃未払額」欄記載の各未払家賃及びこのうち同目録「月別内訳」欄記載の各未払額に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定に至るまでそれぞれ年一割の、本判決確定の翌日から支払済みまでそれぞれ年(三六五日当たり)一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

第二第三事件について

一  避雷設備設置義務不履行による損害賠償請求について

反訴原告の請求は本訴請求と同一の賃貸借契約に基づき反訴被告に対し右契約上の義務の不履行による損害賠償を求めるものであるから、本訴請求との牽連性は一応肯定することができる。しかしながら、建物賃貸人は、賃貸借契約に基づき賃借人に対し建物を安全に使用収益させるべき義務を負うものの、特約等特段の事情のない限り当該賃貸建物に避雷設備を設置すべき具体的義務を契約上当然に負うものと解することはできず、また、たとえ賃貸人が建築基準法(三三条)上避雷設備設置を義務付けられている場合であっても、その一事のみをもってしてはいまだ右特段の事情があると解することもできない。それゆえ、反訴被告が賃貸借契約上避雷設備設置義務を負うことを前提とする反訴原告の右請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

二  出廷遅刻に基づく損害賠償請求について

反訴原告の右請求は、反訴被告(第一事件本訴原告)の訴訟代理人が第一事件の口頭弁論期日に遅刻して出廷した事実を反訴原告(第一事件本訴被告)に対する不法行為であると構成してその損害賠償を求めるもので、本訴の未払賃料及び遅延損害金の各支払請求、及び右本訴請求における防禦方法との間に何らの牽連性も認められないから、反訴原告の右反訴請求は反訴の要件を欠く不適法なものとして却下を免れない。

第三結論

以上判示したとおり、第一事件原告の(本訴)請求及び第二事件原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、第三事件反訴原告の反訴請求のうち同事件反訴被告の口頭弁論期日出廷遅刻に基づく損害賠償請求は反訴の要件を欠き不適法であるからこれを却下し、同反訴原告のその余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、本件鑑定評価書(甲第四号証の一)を巡る審理経過に鑑み民訴法八九条、九一条、九三条一項本文を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 小田泰機 西川知一郎)

〈以下省略〉

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